銀座奥野ビル306号室プロジェクト日誌

銀座奥野ビル306号室プロジェクト

西洋館物語 第1回の報告(西松)

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スダ美容室では、4月から月に1回のペースで、日本近代の建築史上とても重要な文化財となっている西洋館の魅力をビデオとお話で探る研究会を開くことになった。番組は13年前にCSのスカパーの立ち上げの時に企画されたもので、それを制作した近藤山子さんをお招きした。
「もともと建物が好きだったが、取材の中で藤森照信著「建築探偵団」を読んだ。そこに、大阪の中之島公会堂を建てた人のエピソードが出ていた。株で大儲けをして莫大な金を寄付したのだが、建物が建つ頃、本人は株の暴落で、無一文になり自殺をしたという。その時、建物は時代を掴んだもの、歴史を現実化したものと思うようになった。私は団塊の世代で、因習的なところも残っているし新しい個人主義も出てきているし、民主主義もあり育った。そこで日本の近代を作った人の技術的、社会的発展といったものを肌触りとして見てみたいと思った。」という番組制作の動機についてのお話しの後、「豊島区雑司が谷旧宣教師館」の上映が行われた。
豊島区雑司が谷旧宣教師館は明治40年にアメリカ人の宣教師マッケレーブが居宅として建てたもので、数少ない明治期の近代木造洋風建築である。全体のデザインは19世紀後半のアメリカの住宅の特色を写している。番組では様々な困難に遭いながらも宣教活動や幼児教育に情熱を傾けたマッケレーブの人となりや、建物の細部のデザインが丹念に描かれている。
上映後、2階の天井の格子に竹が使われていることが話題となったが、近藤さんから、「マッケレーブは日本が好きだから竹を使った。デザインも自分でやった。洋風屋根の外観に対して、小屋組は伝統的な和小屋構造で、日本人の大工が作った。また大工にこんなのを作りたいと絵を描くと作れる江戸の大工の力が残っていた。」という興味深い話があった。
続いて「葛飾区山本亭」の上映があった。山本亭は関東大震災後、合資会社山本工場の創立者山本栄之助の自宅として作られた。大正15年から昭和5年まで増改築が重ねられ、山本家4代が居住していたが、昭和63年に葛飾区で保存されることになった。日本の伝統的な数寄屋造りの建物に、マントルピースやステンドグラスなどがある洋間を加えた建物である。とりわけ目を引くのは、形は伝統を受け継ぎながらも、そのデザインを洋風化して作られた和洋折衷の長屋門だ。番組では、金属加工を製造する会社を興し、歯磨きのチューブで財をなした創業者の山本栄之助や発明好きの2代栄三氏など、近代産業の先駆者としての人間像も興味深く描かれていた。上映後、世間では成金といわれる戦前の産業人が、建築などの文化の上で重要な役割を担っていることや一言で和洋折衷というが、そこには多様な創造があり、もう少し丁寧に見る必要がありそうだという意見などが出された。初回の研究会ではあったが、明治以降の日本の文化を探る上で、貴重な知見を得た思いがした。

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